8.ピンクハウスのお姉さん

約半年間の流動期を経て、最終的にはまた当初の1型糖尿病の治療法であるインスリン注射で治療して行くことになった。

この時自分は、一度良くなったのになぜまた悪化したのだろう、といつも自分自身に問いかけていたような気がする。

そしてその答えは常に自らの努力不足のような気がしていて、自分の中に否を感じていたように思う。


何せ当時はインターネットもない時代。

そう簡単にこの病気に関する情報収集をすることは出来ず、それ以前に担当の医師から急性発症型や緩徐進行型という言葉すら聞いたこともなかった。


再度インスリン治療に切り替わってからもコントロールはとても難しく、まるで坂道を転がるように悪化して行った。

またそうなると、さすがに精神状態も常に不安定。

それに加えて通院する病院は糖尿病の大家だけあって、末期の患者さんたちが大勢来られる。

なので待合室で居合わせるいろんな患者さんのお姿を見ながら、どんどん不安になっていった。


そんな時、遂に追い打ちをかけるような出来事が起こった。


まず最初にある診察の日、目の前で女性の患者さんが、後ろ側に泡を吹いて倒れた。

脚から崩れ落ちるのではなく、そのまま直角にパタンと。

低血糖の症状で、もちろん即処置室にそのまま運び込まれたのだが、人が目の前で泡を吹きながら倒れるのを見たのは初めてだったので、本当にびっくりした。


次に当時通院時、待合室でたまに20代後半くらいの女性Yさんと会うことがあった。

彼女はスレンダーで、ヘアースタイルは当時流行っていたロングのソバージュヘア。

そしていつも病院に来る時には、ピンクハウスのワンピースを着ていらっしゃった。

ピンクハウスの洋服は、かなり個性的で、街中にいてもけっこう人目を引くスタイル。

それだけに病院内では、かなり目立っていた。

↑※画像はお借りしました。


彼女に会ったのは、おそらく数回くらいだったと思う。

それでもお互い若いということもあって、隣り合わせに座った席で、最近の調子やたわいもない話を少しするくらいの間柄だった。


ある日何となく最近顔を見ないなぁと思って、常連のご年配の患者さんに、最近Yさんとお会いになったかどうか聞いてみた。

すると信じられない返事が返ってきた。

Yさんはほとんどヤケ酒のような、自殺行為のようなかたちで過剰にお酒を飲んで昏睡になり、亡くなったと。


本当にショックだった。


このあいだ話を交わしたあのYさんが、まさかそんな形で亡くなってしまうだなんて。

私が彼女と話した時は、いたって普通の様子だったのに…。


今だからこそ、当時の彼女の状態を想像することが出来る。

もちろん心の底までは決して分かりはしないけれど、少なくとも想像は出来る。

でも当時は、彼女が人前では見せなかった本当の深刻さは、まだ発病1~2年の私には到底想像出来なかったように思う。


あれから何年経っても何十年経っても、街中やいろんな場でピンクハウスの服を見ると、いつもYさんを思い出す。


あの洋服、病院では確かに周りの患者さんからびっくりされていたけれど、Yさんにはとてもお似合いだったと思うし、私はそんな彼女が好きだった。

そして今更ながらにピンクハウスの洋服は、もしかすると彼女が彼女らしくあるための武装だったのかなぁ、と思うのだ。


2018年のNHKの朝ドラ『半分、青い』の菱本若菜役の井川遥さんの装いは、Yさんを思い出すきっかけになった。

日日是好日

1987年から平成までの、1型糖尿病と共に過ごした日々を綴ります。 今日一日がたとえどんな日であっても、ベストを尽くせばすべて好し。 これからも、そんな気持ちで日々を過ごして行きたいな。 2019年4月4日~