16.家出
そんなこんなで、遂に家に居ることが耐えきれず、私は家出した。
ただ家出と言ってもその出先は、家の前の道路を隔てた敷地内にある、古いアパート。
それは近所の人の所有するアパートだったので、自分のアルバイト料や奨学金で払えるくらいのとても安い家賃で借りることが出来た。
その距離、時間にして約1分。
小っちゃ!
と今でこそ思わず笑ってしまうくらいのプチ家出だが、当時はとにかく1日も早く家を出ることに必死だった。
このまま家に居たら、永久に血糖値は上がったまま、安定しないと思ったからだ。
また家の中では弟妹とも、いつの間にかギクシャクしていた。
まず弟は、2歳下というだけあって当初大学受験が近かった。
ただどちらかと言うと、彼は普段は友だちの家に行ったりして、既に家に居ることは少なかった。
一方5歳下の妹は、思春期真っ只中。
当時同じ部屋で暮らしていた妹にも、何となく学校で何かがあったのだろうと、薄々感じることがよくあった。
なのに私は、自分のことでいっぱいいっぱいで、何一つ彼女の相談に乗ることはなかった。
その上、一番の相談相手になるはずの母まで私が取り上げてしまったのだから、今でも申し訳なさでいっぱいだ。
ちなみに母は当時児童館に勤務していた上に、父方の(私が大学に上がってしばらくするまでずっと同居していた)祖母の入院先にも行き来していたので、相当ハードな日常を送っていた。
さて、そんな母に、私は加えてまた負担をかけてしまっていた。
その数か月の家出期間の間、血糖値が特に不安定な時に、母に泊りに来てもらっていたのだ。
夜間低血糖が怖かったからだ。
ところがそうまでしてもらったところで、家出中の肝心の血糖値のコントロールは、家を出る前とほとんど変わらなかった。
結局、せっかく借りたそのアパートは、その後たった数か月で出ることになってしまった。
老朽化に伴い取り壊すことになったからだ。
何せ本当に古いアパートだった。
特にトイレがポットンの汲み取り式!
当時はまだまだ汲み取り式のトイレがそこかしこの家にあり、実家のトイレがやっと水洗に変わったばかりだった。
今だから言えるココだけの話、実はアパートのトイレに行くのが怖かった。
夜、部屋に誰も居ないからこそ出来たのだが、トイレに行く時は、わずかながらドアオープンのまま用を足した。
下から手がニョキっと出て自分の足首を掴み、奈落の底へ引きづり込まれたらどうしよう!などと、要らぬ妄想をしてビビッていた自分。
正直夜間低血糖とは別に、もう一つの恐怖があったのだ。
なのでこのアパートの取り壊しが決まったとき、内心ほっとしたこと、決して否むことは出来ない。
そんな自分、独り暮らしをするにはあまりにも甘かった。
当時の自分に言いたい。
まずは何より、トイレを制せよ!
と。
ということで、結局私の家出は、徒労に終わった。
再び奈良美智さんのイラスト登場
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