44.窮地

平成5年の7月から、毎食前に打つインスリンとして、ようやく速効型インスリンペンフィルRを使い始めた。

この速効型というインスリンは、それまで使っていた混合型インスリン30Rに比べて、より速く効き、持続時間も短いもの。

なのでそのRを使うことで、食後の血糖値はそれまでよりぐっと抑えられ、また効きが短いため、低血糖も当然少なくなるはずだった。

速効型インスリンが出てきたとき、主治医のI先生もとても期待を持ってそのインスリンを紹介してくださったし、私も「今度こそは!」ととてもやる気になった。


ところが結果、そうはならなかった。

常にベストを尽くしているつもりでも、依然血糖値は下がらなかったのだ。

しかも上京時からずっと悩まされていた明け方の低血糖のような症状が再び現れ始めてから、その回数も増えてきて、血糖値も底上げ状態。

精神的にもどんどん追い詰められて行った。


遂にある診察時、I先生に「このところずっと明け方に低血糖のような症状が出るのですが。」と伝えた。

するとI先生は、暁現象とソモジー効果について説明された。

↑画像はお借りしました。


ちなみに暁現象とは、暁、すなわち深夜3時頃から朝方にかけて、血糖値が自然に上昇していくこと。

インスリン拮抗ホルモン(血糖値を上昇させるホルモン)の日内変動が関係していて、特に成長ホルモンの影響が大きく、成長期に多いとの報告がある。

一方ソモジー効果とは、低血糖の後に反動的に血糖値が上昇する現象のこと。


そしてこの暁現象とソモジー効果を見分けるため、毎朝4時頃起きて血糖値を測るように言われた。

それでもしその頃に低血糖が見られなければ暁現象、見られればソモジー効果と言うことになり、I先生曰く、それによって基礎インスリンを減らすか種類を変えるかで対処出来る、と。


その説明後、毎朝4時頃起きて血糖値を測るように言われた時、まるで全身の力が抜け落ちて行くのを感じた。

「もうこれ以上がんばれません。」と、声すら上げる気力もなかった。

と同時に、暁現象であれソモジー効果であれ、とにかく自覚症状として低血糖のような状態がはっきり出ているのに、何故数値で観るよりも前に、まず自分の言うことを受け入れて信じてくれないんだろうと思った。

もちろん医師として、明確なデーターに基づいた処置をするということは、当然と言えば当然なのだが。


日々カロリー計算をしながら食事をし、1日4回インスリンを打ち、その副作用である低血糖にいつも怯えながらも必死で仕事をしている自分は、これ以上どこでどうがんばれば良いのだろう。

どんどん自分が病気に侵食されていく、当時はまさにそんな状態だった。


今思えば、何故あの頃入院という手段を取らなかったんだろうと思う。

現在のリブレのような持続血糖モニターシステムがあれば一目瞭然なのだが、当時であれば入院して日内変動という(夜間2時間おきに看護師さんが血糖値を測りに来てくださる)検査があったはずなのに。


当時20代前半ということもあり、そして自分の四角四面でやたら生真面目だった性格もあってか、医師から指示されることは100パーセント遂行しないと気が済まなかった。

元々自己管理がメインの病気であるが故、医師の想定外の結果が出た際には、まずは自分(患者側)の落ち度を指摘される、とそれまでの経験から思っていた。

例えばいくら食事療法を徹底していたとしても、妙な血糖値の上がり方をした時に、食べ過ぎではないかと疑われたりしたこともあった。

なので常に言われたことは100パーセント抜かりなく実行する、それが自分が今、精一杯生きている証だと思っていた。


糖尿病は付き合っていく病気だと言われるけれど、当時の私はずっと戦っていた。

しかも当の病気だけでなく、いつの間にかその医師である先生とも。

一番の味方で理解者だと思っていたI先生の印象が、どんどん変わっていき、気付けばもはや独り、崖っぷちに立っていた。



日日是好日

1987年から平成までの、1型糖尿病と共に過ごした日々を綴ります。 今日一日がたとえどんな日であっても、ベストを尽くせばすべて好し。 これからも、そんな気持ちで日々を過ごして行きたいな。 2019年4月4日~